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歩行補助器(後編)

歩行補助器が落下してきた山の斜面を登り、深く生い茂った森を抜けると神社の参道のような道に露店が並んでいた。
どこの屋台も売っている品物が尋常ではなく、『登山用浮き輪』と称して、装甲車に用いるコンバットタイヤにしか見えない物体を店先に並べる屋台、『大きな木の実で作った音が鳴らない本格バイオリン』、『ささやかな成就を約束しない偶像』、『羽子板に張り付いた鳥』、『病弱な子供の遊び道具』などを売る変な店が並ぶ。
インターネットでは決して手に入らない品々は新鮮だったが、1つとして購買意欲をそそる品物は無かった。
参道には浴衣を着た5人の若い娘が道幅いっぱいに広がって前を歩いていた。別に先を急ぐわけではないが、露店の前でいちいち立ち止まるので進行を妨害された。5人はこちらに気付くことも道を空ける気もないようだった。
羽子板の露店を通りかかった時だった。
「何アレ?何アレ?」「かわいいー!」「本当だー! ぎゃーっ!」という耳をつんざくような奇声が上がり、道の真ん中で羽子板を振り回して大騒ぎを始めた。中の1人は横目で私をチラ見し、確かに目が合ったにも関わらず、道を空けることはなかった。
確固とした堂々たる侮辱! 全員に往復ビンタをくれてやりたい衝動にかられながらも沈着冷静に「失礼」と言って隙間を通ろうとしたその時、羽子板のスマッシュが飛んできて私の頭にヒットした。羽子板を振り回していた娘が偶然にも腕を広げたところに入り込んでしまったようだ。ペチン! と見事な音がして、出血したかも知れないほど痛みを感じた。
「あ・・・」当事者の娘は詫びることもなく腕を広げた姿勢で静止し、他の4人は一瞬凍りついたが、すぐさま「ぎゃははははは」と笑い転げた。「ちょーウケるんですけど」しかも、その笑いは偶然通りかかった私が運悪く羽子板で叩かれたことではなく、偶然にも通行人を羽子板で叩いてしまったおっちょこちょいの娘に対してであり、もはや被害者である私の存在など眼中にない様子だった!



私は猛然とした抗議の言葉をぶつけようとして飲み込んだ。この悪魔のような娘たちに何か抗議したところで返り討ちに遭うのがおちだろうと思ったからだ。1対5で相手が悪魔では到底勝ち目がない。私は全身がわななくほどの怒りを抑え込みながら先へ進んだ。
すると、その先に『歩行補助器製作所』はあった。
「寄っていけ」店の奥から親父が手招きする。奥へ進むと露店に不釣り合いな重役デスクがあり、いかにも職人風の老人が革張りのエグゼクティブチェアに腰掛けていた。頭にはヘッドルーペを装着して模型のようなものをいじくり回している。白いエグゼクティブチェアは珍しく、あんな椅子に座る気分はどんな感じだろうかと夢想した。
「どうだったかね、使い心地は?」と尋ねられたが何のことか分からないのでキョトンとしていると、「とぼけるな! 下で補助器を使っただろうが!」と怒鳴られた。
「うちの補助器は使う人間を選ぶ。例えばこの娘は」と言って親父は自分の股間を指さした。そこには、四つん這いで親父の股間に顔を埋める全裸の娘がいた。
よく見たらマネキンだった。
「この娘は、自分では立ち上がることも座ることも出来ない。この姿勢のままだ」
「そんな姿勢にさせてるのはお前だろうが」と言ってやりたかったが我慢した。
「この娘にも使える補助器を作ることが私の使命だ」親父は自分の決めゼリフが私の心に響いたであろうと言わんばかりに得意満面な顔をしていた。
「お前があの補助器を使いこなせなかったのは、補助器に選ばれなかったからだ! 資格を与えられなかったからだ!」
延々と続きそうな意味不明な講釈を聞き流しながら、親父が頭に装着している ヘッドルーペ が欲しくてたまらなかった。あれはどこで売っているんだろうか? amazonにあるかどうか早く検索してみたかった。
親父が先ほどから机の上で弄くり回している物体は美少女フィギュアだった。ヘッドルーベはこれを仔細に眺めたり弄くるために装着していたようだ。
私の視線に気付くと、「これか? マニアに人気の高いやつでな。制服のスカートさえ脱がせたら満点なんだが残念だよ」と悲しそうに呟いた。
「そんなことより、お前がすべきことは、自分に合う補助器を自分で作ることだ」
親父は私の腕をぐいぐい引っ張りながら地下工場へと降りていった。
重い金属音と吹き出す蒸気が充満する製作所の薄暗い地下工場で、私はおやじに監視されながら自分のための補助器の部品を探し続けねばならないのだった。


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by kikoushou | 2013-04-28 21:54 | ◉奇行事件簿
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